(20150110.sat.今日も一日がんばるぞい)

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ポール・グレアムが語る「ソフトウェア特許は有害か?」

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数週間前、私は4件の特許を得ていたのだと知って驚いた。3件しか申し込んでいなかったのだから、なおさら驚きだ。もちろん特許は私のものじゃない。特許はViaweb社に与えられたもので、YahooがViaweb社を買収したときYahooのものになった。しかしこのニュースによって、私はソフトウェア特許の全般に関する疑問について考えるようになった。

特許は難しい問題だ。資金を提供したほとんどのベンチャー企業に、私は助言する必要があったし、長年の経験にもかかわらず、いまだに正しい助言を与えていると常に確信できるわけではない。

私がかなり確かに思っているのは、ソフトウェア特許に反対する人は、ふつう特許そのものにも反対するということだ。私たちの機械は、ますますソフトウェアに依存するようになっている。かつてレバー・カム・ギヤで実現されていたものが、今ではループやツリー、クロージャが行うようになっている。システム制御の物理的な具体化が特許を取得でき、同じ機能を持ったソフトウェアが取得できないことに特別な理由などない。


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残念なことにこの点で特許法は一貫していない。ほとんどの国の特許法は、アルゴリズムは特許ではないと言う。この規則は、「アルゴリズム」がエラトステネスのふるいのようなものを指していたころの名残だ。1800年には、機械的な物体の特許の多くは、実はそれらが具体化したアルゴリズムに関する特許であるということを、人々がなかなか理解していなかった。

いまだに特許の弁護士は、アルゴリズムの特許を取るとき、そうでないふりをする必要がある。本の題名に「エッセイ」という言葉を使ってはいけないように、特許出願のタイトルに「アルゴリズム」という言葉を使ってはいけない。アルゴリズムの特許を取りたいなら、そのアルゴリズムを実行するコンピュータ・システムとして構造化しなければならない。そうすりゃ機械なんだと。うひゃー。アルゴリズムのデフォルトの婉曲表現は「システムとメソッド」だ。その言葉で特許を検索して、どれだけ多くの結果が出るか確かめてほししい。

ソフトウェア特許はハードウェア特許となんら異なることはないので、「ソフトウェア特許は有害だ」と言う人は「特許は有害です」と言っているにすぎない。じゃあなぜ多くの人は、とりわけソフトウェア特許に対して文句を言うのだろうか?

主な問題は、ソフトウェア特許の概念よりも、特許庁にあるんだと私は思う。ソフトウェアは素早く変化するが、政府の変化は遅いので、ソフトウェアを政府が扱うと、たいていロクでもないことになる。特許庁は、ソフトウェア特許の出願の量と新しさの両方に圧倒されてしまい、その結果、多くの誤ちを犯した。

最もよくやった間違いは、与えるべきでない特許を与えたことだ。特許を与えるなら、発明は単に新しい以上の物でなくてはならない。またそれは自明でない必要もある。これは特にUSPTO(米特許商標庁)がよくやる間違いだ。Slashdotにはその問題をはっきり示すアイコンがある。ナイフとフォークと「特許出願中」って書いてあるアイコンだ。

恐ろしいのは、これはSlashdotが特許の記事用に持つただ一つのアイコンだということだ。現在のSlashdotの読者は、特許の記事は当然、いんちき特許についての記事だと思うようになってしまう。これは特許問題がどれくらいこじれてしまったかを示す。

たとえば悪名高いAmazonの1クリック特許は、ソフトウェア特許だから問題なのではなく、それが自明であることが問題なのだ。顧客の郵送先を保存するオンライン・ショップなら、どの店だってこの機能を実装しただろう。Amazonが1クリックの機能を最初に実装したのは、Amazonが特に賢かったからじゃない。Amazonは購入前に顧客にログインを強制するほどの影響力がある、最も初期のサイトだったからだ。[1]

我々ハッカーは、この社会においてUSPTOがナイフとフォークの特許を認めてしまっていることを知っている。問題はUSPTOはハッカーじゃないってことだ。たぶんUSPTOは鋼の鋳造やレンズの研磨といった新発明の判断には優れている。でもまだソフトウェアを理解していないんだ。

ここまで言うと楽観論者は「でもそのうち理解するよ」って付け加えたくなるだろう。どっこい、そうならないかもしれないんだ。ソフトウェア特許の問題は、より一般的な問題の具体例だ。特許庁は、新技術を理解するのに時間がかかる。もしそうだとしたら、技術の進歩のスピードが増加しているようなので、この問題は悪くなる一方だろう。今後の30年で、特許庁は今、私たちがソフトウェアとして特許を取るものを理解するかもしれない。でも特許庁が理解できない新しい他の種類の発明が現れているだろう。

特許の申請は駆け引きだ。申請者は期待しているよりも広く特許を申請する。審査官はその一部を却下し、一部を許可することでそれに応じる。だから私は実のところ、1クリック特許を申請したからといってAmazonを非難するつもりはない。大きな間違いをしたのは、申請領域を絞って、現実の技術的な中身を伴ったものにしろ、と主張しなかった特許庁だ。そんな広範囲な特許を与えることで、USPTOは事実上、はじめてのデートでAmazonと寝てしまった。Amazonがノーと言うとでも思ってたんだろうか?

Amazonが汚なかったのは、特許を申請したときではなく、それを強化しようとした時だ。たとえばマイクロソフトなど、多くの会社が根拠なく数多くの広範囲な特許を与えられたが、彼らは主に防衛目的でそれらを保持している。大企業の特許ポートフォリオの主な目的は、核兵器と同じで、訴訟を起こす人たちに対し反訴訟するぞと圧力をかけることだ。AmazonがBarnes & Nobleにしかけた訴訟は、さしずめ核による先制攻撃だ。

おそらくこの訴訟は、Amazonの役に立つ以上Amazonを傷つけた。Barnes & Nobleのサイトはチャチだった。どう見たってAmazonはBarnes & Nobleを打ち負かしたに違いなかったのだ。無視すれば良かったライバルを攻撃したおかげで、Amazonは自分の評判に永遠の汚点をつけてしまった。現在でさえ、ハッカーにAmazonについて自由に連想させたら、最初の10の話題の1つに1クリック特許が現れてしまうだろう。

明らかにGoogleは、特許を持つこと自体が有害だとは思っていない。Googleは多くの特許を申請している。Googleは偽善者なのだろうか? 特許は有害なのだろうか?

この質問には、実は2つのバリエーションがあるのだが、しばしば人は、自分がどちらに答えているのかを自覚していない。狭いバージョンの質問はこうだ。「現在の合法なシステムを所与としたとき、特許の申請は悪いことだろうか?」広いバージョンだとこうなる。「現在の合法なシステムが、特許の申請を許可するのは悪いことだろうか?」

これらは別の質問だ。たとえば中世ヨーロッパのような産業化前の社会では、誰かに攻撃されたとき、警察に電話なんてしなかった。警察なんてなかったからだ。攻撃されたら反撃することになっていた。また反撃の方法に関する決まりがあった。この制度は間違っていたのだろうか? これは2つの質問だ。自分の手で正義を行うことは悪だっただろうか? また、自分の手で正義を行わなければならなかったことは悪だっただろうか。私たちは、後者にイエスと答え、前者にノーと答える傾向がある。誰もあなたを弁護してくれないなら、自分で弁護するしかない。[2]

特許も似た状況にある。ビジネスは様式化されたある種の戦争だ。実際それは本物の戦争から発達した。ごく初期の商人は、あなたが弱そうだと見るや、あっという間に盗賊に変身した。ビジネスにははっきりとしたルールがあり、会社が互いにどのように競争してもよく、どのような競争はいけないかを定められている。そして自分勝手なルールでやろうと決めた人々はポイントを理解していない。「他のみんなが特許を取ろうとも、私は特許を申請するつもりはない」と言うのは、「他のみんなが嘘をつこうとも、私は嘘をつくつもりはない」と言うことと同じじゃないんだ。それはむしろ「他の人がTCP/IPを使っても、私は使うつもりはない」と言うのに似ている。へー、あなたはそうするんだ?

より精密なたとえ話は、初めてホッケーの試合を見た人が、わざとぶつかっている選手にショックを受けて、自分がホッケーをするときは、決してそんなすごく乱暴なプレーはしないぞと決意するようなものだ。

ホッケーではチェッキングが認められている。ゲーム中でアリなんだ。あなたのチームがチェッキングを拒んだら負けるだけだ。これこそビジネスだ。現在のルールでは、特許はゲームの一部なんだ。

このことは現実には何を意味するのだろうか。私は資金を提供する起業家に「ベンチャーが特許権侵害で訴えられることはめったにないから安心しろ」って言う。誰かが告訴をする理由は2つしかない。金のためか、競争を妨害するためだ。ベンチャーは貧しすぎるので、金のために訴える価値はない。また現実には、ベンチャーがしょっちゅう競争相手に訴えられる、ということもないようだ。ベンチャーが他のベンチャーを訴えない理由は以下の2つだ。(a)特許権訴訟は高くつく遊びだ、(b)他のベンチャーもあなたと同じくらい起業したてだから、まだ特許を得ていない。[3] 少なくともソフトウェア・ビジネスでは、ベンチャーは既存の大企業からも訴えられることはあまりない。マイクロソフトはなんでも特許を持っているわりには、特許権侵害でベンチャーを訴えた実例を私は知らない。マイクロソフトやオラクルのような会社は、勝訴しても勝ったことにならない。それでは不確実すぎる。彼らは自分たちの販売チャンネルから競争者を締め出すことで勝つんだ。誰かが彼らを脅かした場合、彼らは訴えるよりは買収するだろう。

大企業が自分より小さな企業を特許権訴訟で訴えたという記事を読んだなら、それは普通、落ち目の大企業の悪あがきだ。たとえばユニシス社がLZW圧縮で自社の特許権を強化しようとしたのがいい例だ。大企業が特許権訴訟をするぞと脅してきたら、会社を買収させよう。企業が知的所有権について争い始めたら、それは顧客のための真の戦いをやめたという兆候だ。

特許権侵害のために競争者を訴える企業は、まるでめちゃくちゃボコられたため、レフェリーに振り向いて助けて欲しいと言ってる負け犬のようなものだ。本当に反則があったと信じた場合でも、今までのようにゲームを続行できるなら、ゲームを中断しレフェリーを呼ぶなんてしないだろう。つまり特許権訴訟をするぞと脅す企業は、問題のある企業なんだ。

私たちがViaweb社を経営していたとき、電子商取引ビジネスの、もっと大きな会社が、オンライン注文の特許みたいなものを持っていた。そして副社長から「特許のライセンスが欲しいか?」という電話を受けた。
私はこう答えた。「その特許はまったくの見せかけだ。裁判所では通用しないだろうね」
彼は答えた。「わかった。そうか、弁護士を雇う気か」

しかし、ベンチャーが十分に大きくなれば、何をしていようと、訴えられ始めるだろう。
例えばソフトをパブリックにすると決めたら、多くのパテントトロールたちから訴えられ、引き下がって欲しいなら金を払えと言うだろう。彼らについては後で詳しく説明する。

言いかえるならば金持ちになるまで、誰も特許権侵害で訴えたりはしない。また、いったんお金になれば、根拠のあるなしにかかわらず、訴えられるだろう。だから私は宿命論者となってアドバイスする。特許権侵害をくよくよして時間をムダにするな。おそらく靴ひもを結ぶたびに特許を侵害している。少なくとも最初のうちは、何かを大きくし、多くのユーザを得ることだけを考えろ。あなたを攻撃する価値があると誰かが考えるまでに成長したら、成功なんだ。

私たちは資金を提供する企業に「特許は申請しろ、でも競争相手を訴えるな」とアドバイスする。成功したベンチャーは買収されるか大企業になる。ベンチャーが大企業になりたいなら、特許のポートフォリオを作って武装し、他の大企業と休戦するために、特許申請すべきだ。買収されたいときも、買収側は特許は自分たちへの求愛ダンスの一部と見なすから、特許を申請すべきだ。

成功したベンチャーのほとんどは買収されるし、ほとんどの買収者は特許を気にする。ベンチャーの買収は、ふつう買収者にとっては「作るか買うか」の意志決定だ。この小さなベンチャー企業を買収すべきだろうか? それとも自分たちで作ったほうがいいだろうか。自分たちで作るのはやめようと決断させるには、特に2つのことが重要だ。大きく急成長しているユーザ集団をもう持っているかどうかと、ソフトウェアの重要な部分に、かなりしっかりとした特許の出願をしているかどうかだ。

大企業が構築より買収を好む第3の理由がある。自分たちで作っても、お粗末なものしかつくれないんだ。でもほとんどの大企業は、それを自覚できるほど賢くない。ふつう「自前で構築するのはどのくらい難しい?」と尋ねられるのは、買収側の企業の技術者だ。そして彼らは自分たちの能力を過大評価する。[4] だが特許はそのバランスを変えるようだ。特許は買収者にとって、自分たちがあなたの作ったものをコピーできなかったとき、言い訳になるからだ。またさらに特許は、あなたの技術のどこが凄いのかを理解させる手助けになるかもしれない。

率直に言って、私はソフトウェア・ビジネスにおいて特許が果たす役割があまりにも小さいので驚いている。専門家が「ソフトウェア特許によって革新が恐ろしく制約される」と言っていることを考慮すると、それはちょっとした皮肉だ。だがソフトウェア・ビジネスを注意深く観察したときに最も印象的なのは、特許が問題になることがあまりに少ないということなのだ。

他の分野では、企業は特許権侵害のためにライバル社をきっちり訴える。たとえば、空港の手荷物スキャンのビジネスは、長年にわたってInVisionとL-3の2社によるぬくぬくとした複占が行われていた。2002年に、スキャナのサイズを1/3にする新技術をひっさげたReveal社というベンチャーが登場した。Reveal社は製品を販売もしないうちに特許権侵害で訴えられた。

ソフトウェア・ビジネスの世界では、めったにそんな話を聞くことはない。私が見つけた例は、困惑させられることに、2005年にYahooがXfireというギャンブルのベンチャーに対し特許権訴訟を起こしたというものだ。Xfire社はたいして重要でもなく、なぜYahooがそれを脅威と感じたかもわかりにくい。Xfireの技術部門の副社長は、Yahooの同じような部門で働いていた。--実際、Yahooが特許権訴訟を起こしたとき、彼の名前が発明者として挙げられていた。たぶんなにか個人的な事情があったのだろう。私の推測は、Yahooの誰かがバカな真似をしたというものだ。とにかくYahooは、その訴訟をそれほど熱心に追求しなかった。

なぜソフトウェア業界では、特許はとても小さな役割しか果たさないのだろうか? 可能性のある理由を3つ挙げよう。

1つめは、ソフトウェアはとても複雑なので、特許そのものにそれほど価値はないというものだ。他の分野を中傷しているみたいだが、なんらかの新技術をくわしく書いて中の上レベルの技術者集団に手渡せば、望みのものを得られると思う。たとえば誰かが、今までよりも効率のいい鉱石の溶解法を開発した場合、適当な専門家チームを編成し彼らにその技術を伝えれば、たぶん彼らも同様の産出物を生み出すことができるだろう。この方式がソフトウェアでもうまくいくとは思えない。ソフトウェアはすごく微妙で予測不能だから、「資格持ちの専門家」は、あなたとは全然別のものを作るだろう。

だから私たちは、ソフトウェア・ビジネスではめったに「資格持ちの専門家」という言葉を聞かない。そのレベルの能力だと、たとえば自分のソフトにほかと互換性をもたせるのに、8ヶ月もの時間と莫大な費用がかかる。難しいことをしたいなら、個々の才能が必要なんだ。資格持ちの専門家チームを結成し、新しいウェブ・ベースのメール・プログラムを作るよう命じても、19歳のひらめきのあるチームにボロ負けするだろう。

専門家は実装はできるが、デザインすることができない。あるいはもっと正確に言えば、専門家自身を含むほとんどの人が測ることができるものっていうのは実装における専門知識だけなんだ。[5]

だがデザインは明確な技術だ。空虚で実体のないものではない。理解できないと、いつも物事は実体がないように見える。1800年には電気は実体がないように思えた。誰がその後、ここまで詳しく理解できると思っていただろうか。したがって、デザインにも実体がある。ある者は上手いしある者は下手だ。また、良いデザインか悪いデザインかはとても明確だ。

ソフトウェアではデザインが非常に重要になる理由は、おそらくハードウェア的なものに比べて制約が少ないせいだろう。ハード的なものを作るのは高価だし危険だ。選択可能な余地はすくないし、大きな集団の一員として働かなければならないことになりがちで、たくさんの規則に従わなければならない。自分と仲間たちだけで新しいウェブ・ベースのアプリケーションを作るなら、いずれの制約もない。

ソフトのデザインにはこれほど多くの余地があるので、成功するソフトは、そのソフトが持つ特許数以上のものがある。自分たちより大きなライバル社によってコピーされてしまうことから小さな会社を防ぐのは特許ではなく、大企業が試みても失敗する1000もの小さなことだ。

特許がソフトウェア業界ではあまり重要ではない第2の理由は、Reveal社がしたような正面攻撃を、ベンチャー企業は大企業にめったにしかけないということだ。ソフトウェア業界では、ベンチャーは既存の大企業を超越することで既存の大企業に勝つ。ベンチャーはMicrosoft Wordと競合するデスクトップ型の文書処理ソフトを作らない。[6] Writelyを作る。このアイデアをみんなが採用するようになったら、次まで待とう。彼らはこの道をしょっちゅう通るから。

ベンチャーにとって幸運なことに、大企業は否認がとても上手だ。大企業に奇襲をしかけた場合、大企業はしばらくしてから問題に気づくが、策を弄して無視しようとする。ベンチャーを訴えると、ベンチャーが脅威とを認めることになってしまうし、大企業が直視したくないものを見るはめになってしまうからだ。かつてIBMは決まってメインフレームのライバルを告訴したが、自分たちを脅かしている脅威を直視したくなかったので、それほどマイコン業界を訴えることはなった。同じような理由で、ウェブ・ベースのアプリケーションを作る会社は、マイクロソフト自身がいまだにWindowsのない世界を想像したがらないおかげで、マイクロソフトから守られている。

ソフトウェア業界で特許があまり問題にならない第3の理由は、みんなが、どちらかと言えばハッカーが、そう望むからだ。スティーブ・バルマーは最近のインタビューで、特許権侵害でLinuxを訴える可能性もあることを恥ずかしそうに認めた。でも私は、マイクロソフトがそこまで愚かではないだろうと思う。みんなからいっせいにボイコットされるだろう。コミュニティ全般からだけじゃなく、社内からも反発が出てくるだろう。

よいハッカーは、信念に関してすごく関心を持つし、転職率が高い。会社が卑怯に振るまいはじめたら、賢い人はそこで働くのをやめるだろう。いろんな理由で、このことは他の業界よりソフトウェア業界にあてはまると思う。その理由は、ハッカーが普通の人より強い信念を持つからではなく、技術を簡単に移転できるからだと思う。たぶん私たちは違いを区別することができる。そして、技術を移転できるからハッカーは信念に従って生きることができるのだと言うことができる。

以上のような理由で、Googleの社訓「邪悪になるな」は、Googleが見つけた最も貴重なものだ。それはGoogleをさまざまな方法で厳しく制約する。Googleが邪悪なことをしたら、したことと偽善を行ったことにより、2倍、叩かれるだろう。しかし私は、その社訓にはその価値があると思う。最高の社員を雇いやすくなるし、愚かさよりも信念によって束縛されることは、純粋に利己的な視点から見てもよりよい選択だ。

(誰か現政権に、こういったことを進言してくれないだろうか)

私はこの3つの理由が、それぞれどの程度重要かを知らない。でも大企業は慣習として小さな企業を告訴しないようだ。またベンチャーは忙しいし資金もないので、互いに告訴できない。だから非常に多くのソフトウェア特許があるわりには、現に裁判が行われていることはあまりない。だが例外が一つある。パテントトロールだ。

パテントトロールは主に弁護士からなる企業で、特許を集め、物を実際に作っている企業に対し「訴えるぞ」と脅すことを生業とする。パテントトロールを邪悪だと言っても文句は無いだろう。こう言うとバカっぽいという気になる。だってリチャード・ストールマンとビル・ゲイツがどちらも賛成しそうなことを話すというのは、ほとんど何も言ってないってことになるからだ。

最も悪名高いパテントトロール、Forgent社のCEOは、自分の会社がやっているのが「アメリカ流」だと言う。まるっきりデタラメだ。「アメリカ流」とは人々を訴えることではなく、富を創造して利益を出すことだ。[7] Forgent社のような会社が実際にしているのは産業革命初期の時代のやり方だ。産業革命直前の時代には、イギリス・フランスといった最も裕福の国のいくつかは、絹の輸入税を徴収する権利といった、王家から儲かる権利を与えられた重臣からできていた。その後彼らは、商人から金を搾取するためにその権利を利用するようになった。したがってパテントトロールをヤクザにたとえるのは、この上なく正しい。ヤクザもパテントトロールも、悪党というだけでなく、時代遅れのビジネス・センスという点で特にダメダメなんだ。

パテントトロールは、大企業に不意打ちを食らわせたようだ。パテントトロールは数年間で大企業から数億ドルを引き出した。
パテントトロールと戦うのは、彼らが何も作らないからこそ困難だ。大企業は「我が社を訴えたら反訴訟するぞ」と脅すことができるから、他の大企業から訴えられる危険はない。しかしパテントトロールは何も作らないため、訴えられるものが何もない。私は、少なくとも法律によって、この抜け道はすぐに塞がれるだろうと断言する。明らかにシステムの悪用だし、被害者は強力だからだ。[8]

しかしパテントトロールが有害であろうとも、彼らは革新をそれほどは妨げないだろうと私は思う。パテントトロールはベンチャーが利益を生むようになるまで訴えない。そして利益を生むようになったら、革新はもう起こっているからだ。パテントトロールを理由に仕事をしなかったベンチャーなんて、なかったはずだ。

ホッケーに関しては、現在はゲームとして行われている。チェッキングがなければ、ホッケーはもっと面白くなるだろうか、という理論的な質問はどうだろう? 特許は革新を促進するだろうか、それとも停滞させるだろうか。

これは一般的に、答えるのが非常に難しい質問だ。このテーマで本を一冊、書けるだろう。私の主な趣味のひとつは技術史で、それについて数年間の勉強もしたが、特許がトータルで見て良かったかどうか言うことができるまでには、数週間の研究が必要だろう。

一つ言えるのは、99.9%の人はそのような研究に基づいて意見を言っているのではなく、一種の宗教的な確信に基づいて言っているということだ。丁寧な言い方をすればそうだけれど、もっと簡単に言えばウンコだ。

革新を促進しようがしまいが、少なくとも特許は意図されたものだ。ただでは特許は得られない。アイデアの独占使用権の代わりにアイデアを公表する義務があり、そのような情報公開はたいてい革新に結びつくというのが、特許制度が確立した理由だ。

特許以前の時代は、人々はアイデアを保護するために秘密にしていた。それから中央政府が事実上「特許によってアイデアをみんなに伝えれば、政府はあなたに代わってアイデアを保護します」と言った。これは治安の高まりとほぼ同時期に起きた。中央政府が命令を強制可能にするほど強力になる以前、裕福な人々は私兵団を持っていた。政府がさらに強力になると、徐々に有力者を保護する責任を政府に委譲するよう有力者に強いた。(有力者にはまだボディガードがいるが、もう他の有力者から護るためではない)

特許は警察と同じで、多くの不正に関与している。しかしどちらの場合も、ないともっと困る。「警察か自由か?」という選択ではないように「特許か自由か?」という選択ではない。本当の質問は「警察かヤクザか?」「特許か秘密か?」というものだ。

暴力団と同様に、過去の経験から私たちは、秘密とはどのようなものかについての意見を持っている。中世ヨーロッパ経済では、小さな集団に分割され、各々、自分たちの特権と秘密を用心深く護っていた。シェークスピアの時代には、「秘密」と「技術」は同じ意味だった。
今日でさえ私たちは、中世ギルドの秘密の名残を、フリーメーソンの無意味な秘密に見てとることができる。

中世の産業機密の最も印象的な例はたぶんヴェニスだ。ヴェニスではガラス吹き職工が街を去ることを禁止され、脱出しようとした人には暗殺者が差し向けられた。そこまでの事態にはならないと思いたがるかもしれないが、まさに映画産業は、ネット上に映画を置いただけで3年の懲役にする法律を可決しようとしている。恐ろしい思考実験をしてみようか。映画産業が、法律を自由にできるなら、どこまで行くだろうか。死刑はやらないだろう、と思うかもしれないけれど、でも、どこまで死刑に近づくだろうか。

はっきりわかる不正よりも、機密が増えたことによる全般的な効率の低下の方がまずいかもしれない。「知る必要がある人にだけ教える」という原理で動く組織と付きあった誰もが証言するだろうが、情報を小さなセルに分割することは。ひどく効率が悪いんだ。「知る必要がある人にだけ」という方針の欠点は、誰が何かを知る必要があるかがわからないってことだ。ある分野の考えが、別の分野のすごい発見の種になるかもしれない。でも発見者は、彼がその知識を知る必要がある、ってことを知らないんだ。

もしアイデアを保護する方法が機密扱いしかないのなら、企業は他の企業から隠すだけではなく、内部にも隠さなければならないだろう。機密はすでに大企業の最悪の特徴なのに、ますます促進されてしまうだろう。

私は秘密が特許より悪いといっているのではない。特許を捨てることには代償が伴うと言っているのだ。この代償を埋める為に企業は秘密主義になっていくだろう。そしてある分野では、これは見苦しくなるかもしれない。それに私は、現在の特許制度に賛成しているわけでもない。だが私は、現在の特許制度に賛成しているわけでもない。明らかな欠陥がたくさんある。しかしその欠陥は、ソフトウェア以外のほとんどの領域のほうで、むしろ深刻な影響があると思う。

特許は革新を促進するか、それとも停滞させるのか。ソフトウェア・ビジネスについてなら、私はその答えを経験から知っている。そしてその答えは、公共政策の議論を好むような人が一番聞きたがらないものだ。結局のところ、あまり革新には影響しないだろう。ソフトウェア・ビジネスでは、ほとんどの革新はベンチャーが生む。そしてベンチャーは、他の企業の特許は、単に無視すべきだ。少なくとも、それが私たちが助言していることだ。そして私たちは、そのアドバイスにお金を張っている。

ほとんどのベンチャーにとって、特許のただ一つの本当の役割は、買収者との求愛ダンスのウリとなるだけだ。そのときは特許は少し助けになる。特許は、ベンチャーにより多くの力を与えるという点では、革新を間接的に促進する。しかし、求愛ダンスの時でさえ、特許の重要度は2番目だ。なにかすごいものを作り、多くのユーザを得ることのほうがずっと重要だ。


注釈

[1] 偉大な発明は、発明後はしばしば自明に見えるから、慎重になる必要がある。だが1クリック注文はそのような発見ではない。
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[2]「反対の頬を差し出せ」は問題の回避だ。重要なのは、平手打ちへの対処法ではなく、剣の脅威への対処法なんだ。

[3] 現在、特許の申請にはとても時間がかかる。しかし実のところ、そのままのほうがいいのかもしれない。現在のところ、特許を取得するのに必要な時間は、便利なことに、ベンチャーの起業が成功か失敗か決まる時間よりちょっとだけ長いことになっている。

[4] おそらく経営企画部は、礼儀正しく「これを作っていただけませんか?」と訊ねるのではなく、「これ作りなさい」とか、さらに厳しく「なぜもう出来ていないんだ?」と訊ねるべきだろう。

[5] デザインの能力は測定がとても困難なので、デザイン業界内の基準でさえ信頼できない。デザインの学位を持っているからといってどの程度デザインが上手いかわからないし、すばらしいデザイナーが同僚よりどの程度上手いのかもわからない。もしデザインの才能をちゃんと測定できるなら、どんな会社だって十分に才能のあるデザイナーを雇うことで、アップルのようにいい製品を作ることがてきるだろう。

[6] もし誰かがそのような努力をしたがるなら、興味があるので聞いてみたい。もしかしたら、みんなが思うよりは簡単であるものの一つかもしれないからだ。

[7] 相場師のように、流動性を「作る」と主張することさえ、パテントトロールにはできない。

[8] 大企業が政府が処置を講ずるのを待てないなら、自分たちで戦う方法がある。私は長いこと、つかみどころがないので、戦う方法もないと思っていた。しかし、パテントトロールが必要とする資源が一つある。弁護士だ。大きなハイテク系企業は、弁護士と多くの法的なビジネス関係がある。もしハイテク系企業のみんなで示し合わせ、パテントトロールの会社で、社員としてであれ外部の相談役としてであれ、働いたことのある人を雇っている弁護士事務所とは取引しないと決めれば、その協定はたぶん、パテントトロールから必要とする弁護士を奪うことができるだろう。

原稿を読んでくれたDan Bloomberg, Paul Buchheit, Sarah Harlin, Jessica Livingston, Peter Norvigと、特許に関する質問に答えてくれたJoel Lehrer、Peter Eng, 講演に招待してくれたAnkur Pansariに感謝する。


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